昭和五十年十月十八日               御理解 七十八節「神の気感に適うた氏子が少ない身代と人間と健康とが揃うて三代続いたら、家柄人筋となってこれが神の気感に適ったのじゃ、神の気感に適わぬと身代もあり力もあるが壮健にない、壮健で賢うても身代をみだすことがあり又大切の者が死んで身代を残して子孫を断絶して了うか、神のおかげを知らぬから互違いになって来る、信心して神の大恩を知れば無事健康で子孫も続き身代も出来、一年勝り代勝りのおかげを受ける事が出来る」



神の気感に適うた氏子を神様の気感にお心に適うた信心をさせて頂かねばならん、人間生きて行く事に現状維持と申しますか、いつも同じであると、いつも平穏無事であるからいつも平穏であり無事であるとはあり得ない、生きて行くと言う事はもう言うならば変化のありとうしである、そこにね私共が愈々前向きの信心と言われる、もうどんな場合であっても神様に近付かせて貰う、より信心を深めさせて頂くためのすべてであると言う行き方をまず頂かなければいけないと思う、例えば成程私共は平穏無事を願います、例えばいつも言いますように、貧争病のない世界本当に貧乏のない、病気のない世界に住みたいと言う願をお互い持っておりますけど。
昨日光昭達が此の頃、夫婦で合楽での病気をひっかろうごとあるねと話しました、けれども夜胸が圧えつけられよるごたる、まあ何ですかね私には良く分からんけど、狭心症のようなものじゃないでしょうか、これがもう本当に呼吸苦しゆうなって、まあ大変苦しんでおると昨夜も苦しんで、今朝はよろしいけどと言って嫁がお願いに来ました、嫁も妊娠のおかげを頂いておるが時々お腹がせく、それからいつも小野先生が見て下さるから、これは他のお医者に見せて呉と言ってわざわざ他の医者に紹介状を、書いて下さったけど行かんでおった、そしたら向こうの方からお医者さんが往診に来て下さって、これは盲腸ぢゃろうごたるけん早く切った方が良いと言う、今の内ならばお腹の子供に障らないと言うていつも真っ青な顔してからおります。
もうあんだどんばかりは夫婦でもう、移り替わり具合が悪かのと言うてから、言うた事でしたけれども本当にやはり取り次ぎ者と、人の難儀を取り次ぎ助けさせて頂くためには、力を受けなければいけませんが、言うならば取り次ぎ者の難儀はそのまま、商売をするなら資本(もとで)がいるように、そう言うところを通らしてもろうてそれを確かに神様のおかげと頂かして貰えれる、一つの信心の元手がいるんだそう言うわたし稽古をさせて頂いとるんだと言う風に思いますが、昨日は嫁が出て参りましてもう切ったりしてはもうとにかく、信心でおかげを頂きたいと言うてお願いにきました。
もう本当にこの頃からはまあ何日間でしたかもう耳がうずき出して、晩はもう男泣きに泣かんならんごと、苦しい病気をする、ようやくよくなるとまた嫁が所謂盲腸でしょうか、それがせくわけです。
もう移り替わりたまには床を並べて寝らんならんと言った事があるわけです、貧争病のない世界を願わせて頂とるにもかかわらず、そう言う病気が移り変わりだから本当に私は病気のない世界と言うまでにはです、健康である事の有難さと言うものを真から分からせて頂くために、ある意味で根限りの病気をする事もまた有難いと思うです。
貧争病のない世界と言うてです、本当にもう貧乏は嫌、それこそ耳を握るごと嫌だけれども、だから信心しよれば貧乏のない世界に住む事が出来る、その前提としてはです、やはり根限りの病気もしてみるが良い、根限りの貧乏もしてみるが良い、そして本当に金の有難さ貴さを分からせて頂く。
まあ人間関係でいろんな悩み苦しみのある事もよかろう、けれどもそう言うところをです私が今日申します、私共が生きて行く上に平穏無事はありえないんだと、隆子のことも照子の事もあるんだと、だから降ってもよい照っても良し、の中を元気な心で一心に神様へ近か付いて行く、向こうて行く信心修行と言うものの姿勢と言う、所謂前向きの信心前向きの姿勢と言うものが必要であると言う事になるのです。お願いをする、おかげを頂く、有頂天になって有難いと言うたり思うたりしよる、それに何かちよっとあるともうそれで信心がぐずぐずする、そう言う事を繰り返しよったんでは、言わば神の気感に適った氏子等と言う事とは、もう及びもつかない事であります、神の気感に適うと言うのはです、どう言うところを通らせて頂いとりましても、やはり神様に向かって行く以外にはない、苦しいところを通れば通る程神様へ向こうて行くと言う、行き方を身につけて行く以外にはありません。
そう言ういうならば信心姿勢が出来た時に神の気感の適うた、神の心に適うた事ではないけれども、神様があの氏子はなかなか見どころがあるぞと言う風に私は言うなら、白羽の矢を立てて下さるようなおかげがまず頂かにゃいけんと言う事です、あの氏子はどんな場合であっても兵口垂れない、どんな場合であっても神様一途に進んで行く、そう言う私は姿勢を示すところにです、例えば私が難儀になって来れば来る程、ああ今までの信心は間違っておればこそと、いつも思うようにこれでは信心が言うなら信心が延びんのだと言う姿勢をいつも、前向きで進んで来たようにこれは皆さんが御承知の通りです、どう言う難儀困?信心しよってどうしてこげん難儀せんならんぢゃろかとは思はなかったです。
何十年間の信心させて頂いて、そして愈々終戦、引き上げと言ったようなあの時分の私の信心を思わして貰うときです、何十年も信心しよるとにどうしてこげな事が起こったじゃろかとは、さらさら思わなかった、これは今までの信心が間違っとったからだと、私は言う姿勢で神様に向かって行ったです。
だから信心にぐらつくとか、何かあればある程だから信心は白熱化して来たと言う事です そこに神様がこの氏子はまあ言うならば使いもんになるぞと言うようにです、目をつけてくださったんではなかろうかと、私共の信心と言うのがこの世でね例えばおかげを受けたとか受けなかったとか楽をしたとか、しなかった事とはもう小さい小さい問題なんです。私共一生の信心修行がです、そのままあの世での霊の世界でのおかげになると言う事に外ならないのです 商売しよる者が商売繁盛を願う、お百姓さんが豊作を願う、信心しよりゃあ豊作のおかげが受けられる、信心しとれば商売繁盛のおかげが受けられる、と言うような言う事に終始しないでそう言う事を通して、私共は本当の信心姿勢と言うものを作って行かなければならない、初めはそこからです、皆。
福岡の高橋さんがもう本当になんぎもうそれこそ男泣きに泣かねばならんような難儀な問題で、当時の椛目に御神縁を頂かれて、もうそれはいくら神様でちゃそげな事がおかげになる筈はなかばいと誰でも言う信心のある者でも言うんです、そりゃいっちょがんばらんの親先生がそう言いなさるから、おかげ頂くくさいとは言わなかったです。
いやそりゃいくら親先生が言いなさったっちゃ、それがおかげになるとは思われない、と言う事であった、けれどもね一心に縋りなさいおかげになる、そのおかげになると言われた只それだけに縋ったんです、そしてそれこそ一年間、もうあの年は雪の多い年でしたが単車でした、その時分はね、皆それこそ倒れころびしながら、もうある時は眠り半分でもう本当にそこに突っ込むようなこと事があったり、或る時は事故を起こしてあのような大怪我をされたるような事があったけれども、ひるまなかったもう一年間もう一年間もうそれこそ一生懸命で参って来た。
一年後には見事におかげになった、所謂枯れ木に花が咲いた。そこで一か月たったでしょうか二ヶ月でしょうか、そのお礼のしるしにと言うてお参りになった、私は一生懸命縋って願っておかげを頂くと言う、そこも大事だけれどもあの如何にお礼の信心が素晴らしいかと言う事が分かりますよ、一月二月がお礼のつもりで、一か月二ヶ月、そこに私ははっきりしませんでしたけれど、お参りなられておる一か月二ヶ月お礼の信心の間に、信心が分かって来たのですからそしてならもう十何年間、日参りは止められないと言う事になって今日まで続いとるのです。
初めは枯れ木に花の咲くようなおかげを頂くために只おかげになる、只だれがなんと言うてもおかげになると言うその言葉に縋った、今でも言われるそれはねおかげになる、それこそ藁おも掴む思いであっただろう、只それに縋って一年間、それこそあちらのお母さんが息子の事を余りよう言わんじゃないけれども、あの時分の事だけはもう、毎朝あの人が家を出る時にはもう自分の家の戸を閉めにゃならんので、表へ出ると雪の日なんかあの人が表にでる時は本当に見えんごとなるまで、後ろ姿を拝まにゃおられんじやったとお母さんが言うとられました。
だから一年間はそのおかげを頂くために一生懸命の信心だったけれども、その後に一か月でしたかニヶ月でしたか、お礼参拝をさしてもらうと言うそのお礼参拝と言う、ゆとりのある信心がね、喜びの信心が出来ねばいけません、そこでこんどは信心が身についてきたそして止められんと言う事になって来た、この頃富久信会でも発表しとられましたがです もうこの御造営の時等は打ち込んだ、御用をなさっておられて此処の御造営が終わったと同時に一軒の店が言わば、十軒にも広がったんですからね、従業員百人からと言う事になったんです、ですから一時に一遍に大きくなりましたので、様々な人間関係もう職人の出入りだけでも大変な事でした。
それが最近合楽で金庫が開くと言う、おかげを頂いて以来と言うものはもう、本当にほんなこて金庫が開いとると思はにゃおられん程しの忙しさとおかげが、言うならば本当の意味での商売の軌道に乗ったと言う感じです、それでも一生懸命御用だけはなさいます、でその合間合間にもういっぱしの、昨日長崎の方え行ったら今日は小倉の方、今日は宮崎の方と言う、駆けまわっておられるそしてなら合楽で一日だって、信心をおろそかにすると言う事は絶対になさらん、それはね信心が分かって来たからです。だからそこのところでです、どう言う事になるかと言うと此の氏子はと神様から、目をつけなさる事じゃないかと思います、ね、
信心が分かって言わば止められない事になって来る信心、久留米の佐多さんの場合だってそうである、八年前の寒修行でしたか夏の修行だったですか、ね、一家を挙げて所謂修行に取り組んで、どうでんこうでん一家を挙げてこんどの寒修行は一家を挙げておかげを頂こうと言うて取り組まれた、勿論一か月の寒修行のつもりであったところが、一か月の朝参りを本気で続けさせて頂いたら、もう止められない事になって来た、七十何才のおばあさんを先頭に佐多さん夫婦子供達に至るまで、一心にお縋りするようになってもうなら朝参りが止められんようになって、八年間である勿論その間にわかって行く信心、受けて行くところの信心、と言うものは大体みなさん御承知の通りで御座います。
私は神の気感に適うと言う事はね、そう言う前に進むより以外にないもう前向きの姿勢で進むより以外はない、自分の思う事が一ちょ適うともう信心がおろそかになる、何かが起こってくるともうぐずぐずする、これではいつまでたっても神の気感に適う事はありえないです、なら佐多さんの信心が高橋さんの信心が、神の気感に適うと言うところまでいってるとは思いません、けれどもです、いわば今申しますように人間が生きて行くと言う事に現状維持と言う事はありえない。
佐多さん高橋さんだって十何年間の間に、様々な問題はあったけれどもそれを信心でお受け抜いて行く、生きて行く上にいろいろの変化をそのままに、信心の稽古の対照にして進んで行こうと言う姿勢であります、私は神の気感に適う前提の信心だと思うですね。
昨夜は合楽会で聞いて頂いたんですけど、とにかく皆さんそれぞれのつういっぱいの信心をしておる、例えて申しますと私が朝八時まで此処に座らして貰う事を神様に頂いて、八時まで座らして頂く、ところが此処もうどの位になるでしょうか、合楽示現活動に参画すると言う信心が言われる、一寸前あたりから私が八時半まで座る事にした。
神様はいろいろと仰るけれどもあとの三十分は負けときまっしょと言う信心です。
神様に対してもうこれは私が商売をさして頂きまして、話しをした事でしたけれどもね、お酒飲みの方がね角うちにやって来る、コップに一杯注ぐああこぼるるけんよかがのと言うて、手はこうやってすける、手にこぼるるところがよかと、こうやってから、一口必ずのむんです、これはもう絶対十人が十にん同じ事をする、そして一口飲むとは絶対がぶっとは飲まんです、ほんな上をすずれる位そそいであるけん一寸吸うだけです。
そしたらすぐすかさずにそれを注いである、私が酒屋の番頭時代にはまあそれで大変に人気を得ました。
もう夕方なんかはもう店内はいっぱいでした、角打ちに来る人で、そして店の前を通ってから私が居ると初めて入って来る、居らんと素通りする位の人達ができる位でした、もうそれは僅かな事です、いっぱい注ぐだけじゃいかん、注いで一口飲んだだけで、一寸こう注ぐ、そうすると絶対ガブッと飲まんですよ、そこ辺のこつを心得ておる、言うならまけときまっしょである、それがどの位お客さんに響いたか、飲む人はいやしいと言われるがたった一口が楽しみでやって来る。
信心でも同じ事です、いうならば佐多さんの場合でも高橋さんの場合でも、まけときまっしょうが素晴らしか、神様に一回しか参らんと参らんつもりじゃった、大体ね寒修行なら寒修行に一回あまりのつもりじゃったのが、言うなら倍とるのですから高橋さんでもそうですから、おかげを受けて言うならばね、御祈念が成就したそこでならお礼のしるしに一月と思って、ほんなチヨコッとまけときまっしょが出来た時に、神様の喜びが響いて来るそこでもう止められんごとなった、神の気感に適う事になる前提、そこからです神の気感に適うと言う信心が頂けて来る。
所謂子孫も続き身代も出来、一年まさり代勝りのおかげが受けられると言う信心がそこからです、それから先ですしかもそう言う年勝り代勝りのおかげを頂くと言うだけでなくて 私共が御霊の世界でのおかげのことを少しわからせて頂くようになったら、もうそういなければ居られないと言う様な、信心姿勢が出来てくるのです、神様はねこちらがそう言う気になるともう信心の、言うならば真剣に取り組まねばならない働きが必ずおきて来るです。
昨日久留米の佐多さんがお届けをなさっとられます、神戸の加西さん所謂妹婿さんですね 大祭の時からお話しとったようにもう愈々今日は駄目だ、倒産するより外ないんだと言うような中に、お父さんは合楽大祭、富久信会に出て来ておる、富久信会が終わったら直ぐ帰る筈じやったのが、親先生か折角お参りしたとじゃから御大祭を頂かずに帰ると言う事があるもんか、あっちのことはもうほうからかしときなさい、そげな気持ちで大祭を頂け、御大祭の間にも何回も電話が掛かって来た、どうもそれが不思議な事に先生その電話のところに、佐多さんの奥さんが二回掛かったら二回とも電話のそばにいつもおられた相ですね、それで主人を呼んで呉と言う前に主人を呼び出さずに奥さんが聞かれた。
二度目の時にはもう愈々どうにも行けないと言う、電話であったようですけど丁度お祭りが済んで私がお説教中であった、そして今加西さんの話しが始まったところに電話が掛かって来た。
妹さんの名前を言うてね一寸聞きなさいと言うて受話器を、私の話しをこうやってあんた方の話しを今先生がお話なさっておられるよと、こげん間違いない神様だから安心して、委かせなさい、主人は御大祭が済んだ、お説教が済んだだからもう直ぐその足で帰った、そして一時間後位には、昨日も申しますように只只もう電話の向こうで只泣くだけだった 有難さに、むせび泣いておられた、おかげを頂きましたと不思議な不思議な働きを頂いて、おかげを頂いたと言う事ですけど、サアーその次ぎにはまた心配になってきた、これは昨日佐田さんに対する電話の事なんです、どう言う事が心配になってきたかと言うと、主人はもう駄目だ愈々出来ないと言うので汽車に乗っとるわけです、そこでこんどこのことを思って、おかげにならんと言う事になったら、もうどけん主人ががっかりするやら落胆するやらわからん、ひよっとしたら新幹線から飛び降り自殺だんせんじゃろうかと言う不安が出来て来た。
家ではおかげを頂いてもうどんこんされんごと言いよる訳です。それから晩遅く電話わ掛けられたら丁度主人もあちらに着かれて、今大黒様の前で二人でお礼を申し上げたところじゃったと、言うところに電話かけられた、無事に帰ったそう言うところがです、神様は皮肉と言えば皮肉ですねね、もうニ十分ばかり早くおかげ下さっとりゃ、主人も安心して大祭を言うなら大祭を終わって、お説教を終わってお礼を申しあげて新幹線に乗れただろうけど、向こうに帰るか帰るまで、言うならば心配させてござると言う事は、心を神様に向けさせてござると言う事です。家内の場合でもそうです、例えば電話で主人がおかげ頂いたと言う事を知って新幹線に乗ったと言う事であれば、安心するのだけれども問題が問題だけにです、ひよっとして富久信会におかげ頂きたい一心で、神戸からわざわざ合楽まで毎月月参りをして貰う、それでもおかげ頂ききらじゃった、そして大祭にお参りして来るからと通知があった、大祭を拝んどろうけれどもおかげにならなかった、もう愈々いかんと言うところまで行った、大祭が済んでお説教頂いて言うならば苦しい、只苦しいで汽車に乗ったと言うと言う事です。
ところが汽車に乗っただろうと言うその後におかげを受けたと言うのです、まあその事は嬉しいけど今度は主人の事が心配になってきた、やっぱりそれを本気に思うたらしいです 今度の事これがおかげにならなかったらね主人がどげんがっかりするじゃわからん、本当に新幹線から飛び降り自殺だんせんじゃろかと言うような、言うならその雰囲気がその前提にあったと言う事なんです。
だからもうギリギまで神様がね、神様に心を向けさせる働きと言うものを、その話しの中から感じるでしょうが、お互いの家にもでもそのことがあっておる訳です。
神様に愈々心を向けさしょうと言う働きがあっておるのだけれども、その手前のところで言わばぐずぐずしてしもうたり、もうおかげは頂ききらんと、おかげを頂くまえにそう言う例えばおかげも頂きながら、神様を愈々たしかなものにして行きながらです、しかもいつも前向きそして昨日又電話が掛かってきた、今日のとは先生額は小さいけども、又手形がこうこうやって参りますからと、だからこんどは金額が小さいからと言って油断はしなさんなと、言うてから昨日申しましたところでしたけれどもね、もうとにかくお縋りしなければならんと言うか、心を神様に向ける向けねばおられない事が続いておると言う事程有難い事はないのです、神の気感に適うた氏子を神様がですね、うん、この氏子ならと神様か思ってくださるような、働きがあるのですからそこを私共がやり抜かせて頂く、信心させて貰わなければならない、それにはいつも私共の信心が前向きでなからねばいけないと言う事です。
人間生きて行く事に現状維持はありえない、生きて行くことは変化のし通しである、そこにです前向きの信心の必要があると言う事です、そう言う前向きの信心姿勢を取らせて頂くところに、神の気感に適うと言うその前提の信心があるように思います。
そこから愈々有難い勿体ないと言うゆとりのある信心が生まれて来る、そこから神の気感に適ったと言う、言うならおかげを知り天地の大恩もわかり、無事健康で子孫も続きと言う事が、おかげ勿論身代も出来年勝り代勝りのおかげを受けられると言うような、信心の所謂おかげの土台がその様にして出来るもんだと言う事を私は思います。
どうぞ。